自分を裸にしてみる

こんにちは。メグ美です。

  

私は今、しんどくなったとき、愚痴を聞いてもらったりする以外、自分でどう対処していったらしんどさ溜めずに済むのかってことを講座に立ち上げている段階なのですが、
 
ちょっと、ブログなどでも自分をもっと裸に出来たらと思って試行錯誤しながらですが書いてみようと思います。

 

数年前、あるジャンルに夢中になって、えっ私そんな深入りしてるタイプじゃ多分ないのにそんなバカな・・・的な孤立あるか? てのに陥ってその内容を詳しく書いたりすることは、なかなか出来ないのですが、じゃあどのあたりをどんなふうになら裸に出来るだろう。

  

うーん。むずかしいね。

 
ところで、わたしの大切にしていることを紹介させてください。
それは、自分の等身大を愛することがどんなふうであることなのか、知ってもらいたいということなのです。そのやり方を伝える仕事をしています。

 
ただ、やり方を書いても説明ばかりになって、何も伝わらないのではと、逆にしんどいいりませんなのではと。昨日、めっちゃ教えてくるおばちゃんのことしんどいなあて感じて。でも、どうしても伝えたいことがある。教えたいんじゃなく、伝えたい。

 

じゃあ、ブログみたいなところでは何がシェアできるんだろう。

とりあえず出てくるままに。

  

いや、ほんと。
自分を愛してないだけだったんだーって気づくまでは、某巨大掲示板で僻みを吐きだしたりしていましたよ。なんか精神世界的なことが得意だからって聖人みたいかってーと、そんな綺麗じゃない。

 

誰だって闇をもって光を知る。

自分が属する世界を通して。

あの漫画のキャラも、あのアニメのキャラも。

 

もちろん、アナタも。

 

 

 

 

 

ダサ絵だけど人目を気にせず食い込む描写で人気がある人を僻んだ。

  

好きなキャラをそんな風に扱わないでほしいともやもやしまくった。

  

多分、もやもやもされた。

そんなの許せないってわたしに言ってるんだなって、掲示板を通してだって解る。

  

  

いろんな人が羨ましくて仕方なかった。

他人を嫌うことで自分を保っていた。

  

 

あることに気が付いてからはやり方を変えていった。少しずつ。 

 

 

 

 

 

 
今、そのまんまの自分を許す。

 

 
本気で言うけど、それだけが入口。
これはどんな誰も。ある場所まで来たので、ハッキリと言えるんだ。

  

  

楽になろうともがくんじゃない

  

そのままの状態を許すんだ

  

  

  

いつかの私自身で言えば、

カッコいいキャラをファンシーグッズ集めるみたいな愛で方がなんか気持ち悪い。こんな人たちと同じに思われるの嫌!
そんなことを思ってるうちに自分がしんどくなった。

(アホみたいな理由ですけど深刻になっていましたね)

  

そんな例をとってみると、

  

他人をしょうもない理由で蔑視して、

しんどくなったアホな自分を ただ認め・許します。

  

というところに持ってくる。言葉にすることで持ってこれるんだ。

創作するみんななら、言葉の威力は知っているよね?

 

この、ただ認め・許すをやってると、胸の切迫感みたいなものがちょっとずつちょっとずつゆるんでいくのがわかるんじゃないかなと思います。

 

小難しいことは、おいておいて。

 

わたしは、今在る自分を ただ認め・許します。

 

 

ともかく、唱えつづけてみてほしいのです。

胸に手を当てて、感じながら。

ここがいちばん大事なところ。やってみる。行動に移す。身体に落とし込む。

 

 

どうですか?

 

※断っておきますが、例のなかに出てくるような人が悪いなんてことは一切ありません。当時の私のとらえ方の課題みたいなもんです。

 


しんどくてブレブレになった自分の軸を真っすぐ立て直す方法を知ることと
ただ楽しい時間を持つこと、この両輪が必要かなって思う。

 

できないからって、できない自分を責めないでイイからね。

わたしもそうなんだけど、自分を責めることは得意だけど、許すのが苦手。

みんなね。だってそういう社会に育ってきてるから。

 

出来ない私でイイ

ここから出発しよう

 

 

 

 

 

今日はさ、某所で知り合った方からカウボーイビバップと菅野さんの曲をお勧めされて、菅野さんはそれなりに聴いてるけど実はビバップ観たことなかったりするーとか、そんなやり取りをさせてもらって、たったそれだけがものすごく幸せで楽しく感じたよ。

 

その人、Aさんとしとくけど、Aさんが今日その話をしてくれなければ私はその時間を持つことはなかった。

 

Aさんと出会う場所(会)を開催した人がいなければ、出会わなかったし、Aさんを生んでくれた人がいなければ今日のシンプルな幸せはなかった。

 

もっと言えば、そのやりとりが出来る光通信がなければ、それを開発した人がいなければ今日の幸せはなかった。いったい、どれだけの人の命の上に自分の幸せってなりたってるんだろ。などと幸せの深掘りをしてみる。

 

 

最近、とある場でガンダム芸人とかのノリでマクロスシリーズだのの話を暑苦しく語らう場があったにも関わらず、上記のやりとりを久しぶりの幸せに感じた。

だいぶお歳です。

 

いまの私は、あのとき二次でしんどかったこととは全く違うことと向き合っていて。

まあ、ちょっと正念場だから気負ってるのはある。

 

それくらい、なんかちょっと疲れるとすぐそこに気を取られて、既に幸せだったことって忘れやすい。特にわたしがそうなんだろうか?(;´・ω・)

 

みんなはどう?

 

 

少しは裸になれたんだろうか。

 

てなわけで、今回はこのへんで。

お読み下さりありがとうございました。

 

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